カニバリズム事件
結婚してからの1年あまりは、ケンカばっかりしていた私とおとうちゃん。
3年めになってようやくいいコンビになってきました。
やっと色んなことを笑い話にできそうな今日この頃。
今回は数あるケンカの中から、
私が一番唖然とした出来事について書こうと思います。
共有できない考えや好みは多々あったけれど、
こんなところから違うものかと途方に暮れたある冬の日。
今でもふとした拍子に思い出すと苦笑してしまうその時のことを、
私は「カニバリズム事件」と呼んでいます。
2年前の寒い夜、
私たちはうきうきしながら私が学生時代にバイトをしていたお店へと
向かっていました。
乳幼児を連れて行くようなお店ではないのですが、
おとうちゃんと私の妹の誕生日祝いに
奮発してディナーコースをお願いしていました。
外食ばかりしていた独身時代と打って変わって、
おかあさんになってからは自分がつくったものばかりを食べる日々。
誰かが手をかけてくれたお料理をいただく嬉しさったら!
間近でシェフたちの丁寧なお仕事を見てきたので、尚更です。
色とりどりの前菜やスープ、
一つひとつに感動しながら楽しい時間を過ごしました。
そしてメインのサーロイン。
見るからに美味しそうなお肉と対峙した私の胸は、
尊敬の念でいっぱいになりました。
美味しい野菜を食べた時の喜びとはまた違う、
大地を踏み、息を吸い、草を噛んで生きてきた動物の味。
あたたかく豊かなエネルギーが口いっぱいに広がります。
「私の肉って、どんな味がするんやろう」
と思わず口にしました。
こんな風に「美味しい」と思ってもらえるのだろうか、と。
この牛がどんな生き方をしてきたのかはわからないけれど、
最期に一人の人間をこんなに幸せな気持ちにできるなんてすごいなぁと
妹と二人で感動しながら、一口ひとくち噛みしめるようにいただきました。
私は料理があまり得意ではないので、
自信を持っておすすめできるお店の豪華なお料理で
おとうちゃんの誕生日を祝うことができてとても嬉しかったのを覚えています。
しかも、ずっとお客さんとして食べに来たいと思っていたコースを
大好きな家族と一緒に頬張って幸せいっぱい。
その隣で、なんだか浮かない顔をしているおとうちゃん。
「どうしたん?」
と声をかけても、返ってくるのは素っ気ない返事だけ。
おなかの調子でも悪いのかしら、と心配していた私は、
おとうちゃんの気持ちをさっぱりわかっていませんでした。
私の発した一言が、おとうちゃんの気分を害していたのです。
人間の肉を食べるという発想が気持ち悪いと。
「カニバリズムやん。」
そう告げられた私は、ショックというなんというか、
まずその単語の意味がわからず、
こんなに幸せな状況でいったい何がどう気持ち悪いのかもわからず、
唖然とするしかありませんでした。
心の底から発した言葉が「気持ち悪い」と受け取られた。
その時の気持ちは、絶望に近いものがありました。
あんたがおかしいと思われるのを承知で書きますが、
私の意識の底には、美味しい身体でありたい、という思いがずっとあります。
負傷してサバンナにポンと投げ出された時に
ライオンに見向きもされないような身体にはなりたくない。
理由はわかりませんが、小さい頃から
自分が動物であるという意識が強くありました。
大きくなってからも旅をする中で様々な自然や動物と出会い、
その思いは私の中ではごく当たり前の感覚としてあり続けました。
何かに迷った時に、一つの判断基準として
「野生の動物ならどうするだろう」
と考えることがあるのも、きっと同じところから来ているのだと思います。
一緒に生命を育んでいくパートナーと
生命に関する感覚を共有できないことは、致命的に思えました。
不穏な空気を消すことのできないまま、ドリカムの歌が流れ、
たくさんの笑顔と祝福の声に包まれた私たち。
相変わらず不機嫌そうなおとうちゃん。
ありがたいやら辛いやら申し訳ないやらで、私はもう泣きそうでした。
その前にも大きなケンカをしてクリスマスもお正月も散々だったので、
せめて誕生日はちゃんとお祝いしようと意気込んでいたのに、
予想外のところで大転倒。
意気消沈の帰り道……
その後どうやって仲直りをしたのか、もう忘れてしまいました。
この時生まれた溝を埋めるには随分時間がかかったけれど、
たぶん、もう大丈夫。
ちぐはぐなことばかりで事ある毎に攻撃しあっていた私たちが、
少しずつ歩み寄って家族という器をつくっている。
人生って不思議です。
あんな状態で、よく結婚したなぁ。
あの時のことをおとうちゃんがどう思っているのか、
ちゃんと聞いたことはないけれど、
今同じ状況になったら、共感してはくれないにしても
私の思いを理解はしてくれるのではないかと勝手に思っています。
またみんなでお肉食べに行きたいなぁ。
2014年10月5日(日) おかあさん
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