馬とわたし

2015年8月28日
*by: | *cat: すきなこと

私が馬と過ごしたのは、人生の中でたったの十数日だけ。

でもその短い時間を私は一生忘れないと思います。

 

初めて馬と旅をしたのは2008年、中国西部で。
仲間たちが気持ちよさそうに馬と駈ける中、
私は最後までどうすれば気持ちが通じるのかがわからなかった。
もっと知りたい、もう一度乗りたい、と思いながら、日本に帰ってきました。

 

そして、2009年。

もう一度馬と旅するためにモンゴルへ。

日本人8名、モンゴル人スタッフ8名、馬25頭で、
草原を駈け、河を渡り、山を登り、藪をかきわけながら、
車が入ることのできない幻の湖を目指しました。

 

全ての荷を馬の背に積み、朝から晩まで馬と共に進んだ6日間。

馬との関係を築いていく中で、これまで自分が積み上げてきた人間関係を何度も省みました。
はじめて、自分が誰かを裏切るってどういうことか、感じた瞬間がありました。

 

馬は乗り手に合わせてスピードを調節します。
調教の仕方によって違うのだと思いますが、
落馬は人間にとっても馬にとっても大怪我につながるため
遊牧民の馬は一定の信頼をよせた相手としか走りません。

地平線まで広がるモンゴルの草原。

慎重にリズムを伺っていた馬がやっとギアを上げてくれた矢先に、
私はバランスを崩し背中から地面に落ちました。

 

幸いどちらも怪我はなかったのですが、
その馬は二度と私を乗せて走ってくれなくなりました。

申し訳なくて、自分が情けなくて、必死に涙をこらえました。

 

人間同士ならごまかしが利くこと、言い訳ができることも、馬には通用しません。
声だけで走り出すこともあれば、
どれだけ鞭を振り下ろしても何の反応もないこともあります。

楽しそうに走る時と、いやいや走る時の違いが気持ちいいくらいによくわかります。
一頭一頭、性格の違いもはっきりしている。

 

冷たい星空の下で何時間も考えた末、
私は翌日から違う馬に乗ることを選びました。

来る日も来る日も
馬との会話、闘い、感謝、悔しさ、ごめんね、安心、喜び……
自分の内面をどんどんえぐられるようでした。

 

夜は満点の星空と、指先を貫くような寒さ。
朝日がのぼれば、霜で世界がキラキラ輝きます。
私たちの眠っているテントはもちろん、
寝袋も髪の毛もコンタクトの保存液も、全てが凍りました。

馬の背に積んでいる食料には限りがあります。
人参、じゃがいも、羊肉、小麦粉、米、塩と、あと少し。
毎晩同じ材料、同じ味付けでつくられる料理が、涙が出そうなくらいに嬉しかった。

あのスープ程、身体の底から「美味しい」と感じたことはないです。
全身の細胞が栄養を欲していた。

 

吹雪で飛行機が飛ばなかったり、
友人が落馬して負傷したり、寒さで殆ど眠れなかったりと
思い通りにいかないことだらけの旅でした。
でも、暗闇の中、炎を囲んで酒を飲めば何もかもが楽しくて
ひたすら笑っていた。

 

一緒に旅するまでは、私は馬にさほど興味がありませんでした。
でも、あれ以来、馬という生き物は私にとって特別な存在になりました。

だから、この夏むすこが馬に乗ったことは、とても大きな出来事だった。

 

野生の馬は、危険を感じた時以外はほとんど走らないそうです。

「馬は、人が乗ってはじめて自由に走ることができる」

と言った人がいました。

私には馬の本当の気持ちはわかりません。
でも腕のいい乗り手と砂埃をあげて駈ける馬は
私の目にもいきいきとして映りました。

 

私もまた馬と走りたい。
できることなら、おとうちゃんと子どもたちと一緒に。

むすこもそう思ってくれたらいいなぁ。

 

2015年8月28日(金) おかあさん

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